2008年06月11日

北京オリンピックへの長く険しい道のり

北京オリンピックへの長く険しい道のり

男子バレーはオリンピックになんと16年間も出場できていません。むかっ(怒り)

1992年のバルセロナ以来、出場権が獲得できなかったのです。

それは暗黒の時代でした。
今回のチームを率いる植田監督がまだ選手時代、主将をつとめて出場したオリンピックがバルセロナだったのです。ー(長音記号1)

そして荻野選手もチームにいました。

それ以来北京オリンピックまで16年間。本当に苦しい時代だったと思われます。

女子のバレーも、「つなぐ」よりもパワー重視になっていますが、それでもまだ男子よりは「つなぐ」バレーが目指せます。

しかし、男子バレーは圧倒的なパワーの時代になってきました。

体格的にも比較的不利な日本をはじめとしたアジアのチームには、やはり欧米チームの背の高さ、力の強さはありません。

そして手の長さやバネを使ったパワーバレー。

それになかなか対応できなかったのではないでしょうか。

2004年に監督に就任した植田監督は、男子バレーのこの状況を危機的に捉えていたに違いありません。

自分たちでオリンピック出場を終わらせてはならない。どんっ(衝撃)

外国人監督も考えられていたその時に、植田監督は自ら立候補されたそうです。

負の連鎖を断ち切りたい。
そんな思いだったのではないのでしょうか。

惨敗したアテネオリンピック最終予選後の日本男子バレーの建て直し。

誰もがやりたいと思う仕事ではありませんよね。

それでも植田監督はなんとしてでも男子バレーを北京オリンピックへ行かせたい、その思いだけで選手を引っ張ってきたのではないでしょうか。exclamation×2

posted by ぷよぷよ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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